「福祉国家」と聞いてまず思い浮かべる国のひとつが、デンマークではないでしょうか。高い税負担を前提としながらも、教育・医療・子育て支援をはじめとした手厚い制度が市民の暮らしを支えています。
では、デンマークの福祉制度は具体的にどのような仕組みで成り立ち、どんな価値観に基づいているのでしょうか。
この記事では、OECDなどの一次情報に基づいて、デンマーク福祉の制度設計・市民意識・支え合いの文化をわかりやすく解説します。
デンマークはどんな福祉国家?その特徴と価値観
「高福祉・高負担」の代名詞として知られるデンマーク。税金が高いのに満足度も高い、その背景には、福祉を「受け取るもの」ではなく「社会全体で育てるもの」として捉える独自の価値観があります。
「福祉国家」とは何か?OECDにおける位置づけ
福祉国家とは、医療・教育・年金・育児・失業対策といった社会的サービスを政府が公的に提供し、国民の生活を包括的に支える国家モデルを指します。中でもデンマークは、OECDが分類する「ユニバーサル型福祉国家(universal welfare state)」に該当し、すべての市民が所得や職業にかかわらず平等にサービスを受けられる制度を整備しています。
OECDの『Revenue Statistics 2023』によれば、デンマークの租税負担率(税収÷GDP)は41.9%で、OECD加盟国中トップクラスです(OECD平均は34.0%)。

デンマーク福祉の基本思想:平等・信頼・自立支援
デンマークの福祉制度の根底には、「平等」「信頼」「自立支援」という価値観が息づいています。制度は単に「助ける」ためにあるのではなく、すべての人が人生の選択肢を持ち、自らの意思で生きていけるように支える設計となっています。
たとえば失業手当は「社会の支え」であると同時に、「再び立ち上がるためのステップ」としての意味合いが強く、職業訓練やスキル教育と一体で提供されます。自立のために一時的に支える──その発想が制度の根幹にあります。
高負担を受け入れる国民意識と社会的信頼
デンマークの所得税は高く、個人の限界税率は最大で55.9%に達します(2023年時点)。それでも市民の間に不満が噴出しない理由は、「税金が自分たちの生活の質を直接高めている」という納得感があるからです。
政府が信頼され、税金の使い道が透明であるからこそ、「自分も社会に支えられ、また支えている」という意識が浸透しています。こうした相互信頼が、デンマーク型福祉国家の根底を支えているのです。
デンマークの福祉制度の特徴とは?医療・教育・子育て支援の仕組み
デンマークの福祉制度は、いわゆる「ユニバーサル型福祉」の典型として知られており、すべての人が等しく公的サービスを受けられるよう設計されています。医療・教育・子育て支援といった人生の基盤を支える分野において、税によって社会全体で支え合う構造が徹底されており、国民の生活の安定と自立を支援しています。
無償の医療と教育制度──国民の基本権として
デンマークの医療制度では、原則としてすべての人が無償で医療サービスを受けることができます。住民はかかりつけ医(家庭医)を登録し、一次医療をその医師が担うという「ゲートキーパー制度」が導入されています。診察費や治療費の自己負担はほとんどなく、入院や出産、手術などもすべて税金によって賄われています。
医療機関は地域ごとの行政単位(地方自治体や地域保健局)によって整備されており、住民の健康管理が行政サービスとして機能しています。これにより、所得や社会的地位にかかわらず、必要な医療に誰もがアクセスできる社会が実現しています。
教育についても、初等教育から高等教育、さらには大学教育に至るまで授業料は基本的に無料です。義務教育は9年間で、学力の一律化よりも個人の適性に合わせた教育が重視されます。また、教育現場では「対話的な学び」や「子どもの主体性」が尊重され、詰め込み型ではなく、自発性や批判的思考を育てる教育文化が根付いています。
高等教育機関では、学生が学業に専念できるよう「SU」と呼ばれる国の奨学金制度が整っており、就労との両立を支援する柔軟な学習設計が可能です。
手厚い子育て支援制度(育休・保育・手当)
子育て分野においても、デンマークは非常に手厚い支援体制を整えています。出産後、父母それぞれが育児休暇を取得できる制度があり、家庭の状況に応じて柔軟に分割・延長が可能です。育休中も手当が支給され、経済的な不安を最小限に抑えながら育児に専念できます。
保育施設は公立が中心で、料金は世帯収入に応じたスライド制。高所得者も低所得者も同じ施設を利用するため、社会的な分断が起きにくく、多様な背景をもつ子どもたちが共に育つ環境が整っています。
また、保育士にあたる専門職「ペダゴーグ」は、単なる預かりではなく“育ちを支える専門家”としての役割を果たします。保育と教育の境界がなく、遊びや対話を通じた発達支援が体系的に行われる点もデンマークらしい特徴です。
児童手当も制度として整っており、子どもの人数や年齢に応じて段階的に支給されます。この手当は生活支援というよりも、「子育ては社会全体の責任である」という価値観に基づいた象徴的な仕組みといえます。
福祉と労働が両立する柔軟な社会保障
デンマークの福祉制度のユニークな点は、福祉と労働の両立を前提に設計されていることです。これは「フレキシキュリティ(柔軟性+保障)」という考え方に基づいており、雇用は柔軟に流動させつつも、失業時には手厚い給付と再就職支援を提供する仕組みになっています。
具体的には、雇用主は比較的容易に従業員を解雇できますが、その分、失業給付は長期間かつ高水準で支給されます。同時に、職業訓練やキャリアコンサルティングがセットで提供されるため、失業が「人生の後退」ではなく「次のステップへの移行」として機能しやすい環境が整っています。
この制度設計は、単に生活保障を提供するのではなく、「個人が主体的に働き続ける」ことを可能にする支援でもあり、福祉が自立支援の一環として社会全体に根付いている好例といえるでしょう。
福祉を支える教育の力──デンマーク社会の土台にあるもの
デンマークの福祉制度が持続的に機能している背景には、「教育」が社会の土台として深く根付いていることが挙げられます。教育は単に知識を習得する場ではなく、人と人との信頼関係を築き、対話的に学ぶ文化を育む重要な社会装置と位置づけられています。
保育や教育を支える「ペダゴー」の存在
デンマークの保育・教育現場には「ペダゴー(Pædagog)」と呼ばれる専門職が存在します。これは単なる保育士や教員ではなく、子どもや若者の“社会的な成長”を支える職能です。
ペダゴーグは大学で3年半の専門教育を受け、「人との関係性のなかで学びを育む」という哲学に基づいて実践を行います。彼らは保育園や幼稚園、小学校、さらには障がい児施設や高齢者施設でも活動しており、「教育」と「ケア」を横断的に担う存在です。
対話的・民主的な教育と社会の信頼構築
デンマークの教育は、徹底して「対話」を重視します。教師が一方的に知識を与えるのではなく、子ども自身の考えや感情を尊重しながら、学びを共に創り上げていくスタイルが主流です。
授業では、答えがひとつではない問いに対して、それぞれが自分の視点を述べ、他者の意見に耳を傾けながら新たな理解に至る過程が大切にされます。このような教育環境は、個人の自己肯定感を育むと同時に、多様性を前提とした社会的信頼の土壌を形成しています。
さらに、学校運営においても民主主義が徹底されており、子どもたち自身が学校生活に関わるルールづくりや意見表明に参加する仕組みが整っています。こうした経験が、社会人になってからも政治や地域活動に主体的に関わる土台となっているのです。
リカレント教育と生涯学習の制度化
デンマークでは「教育は子どもだけのものではない」という考えが社会に浸透しています。生涯を通じて学び続けるリカレント教育(Recurrent Education)の仕組みが制度として整っており、成人が働きながら学び直す機会が幅広く提供されています。
たとえば、職業教育の再訓練コースや短期大学、夜間の成人教育プログラムなどが充実しており、年齢や背景に関係なく新たな分野に挑戦することが可能です。国家としても職業転換や自己実現を支援する政策を打ち出しており、「学び続ける力」が個人の尊厳と社会の持続性の両方に貢献しています。
このように、デンマークにおいて教育は「福祉制度の一部」であるだけでなく、それを支える文化や人材、価値観の基盤そのものです
“人を育てる福祉”を日本でも──今注目される北欧デンマーク型人材育成
これまで見てきたように、デンマークの福祉制度は単なる制度の網羅ではなく、「人を育てる社会」という思想に貫かれています。医療・教育・子育てのすべてが個人の尊厳を支え、自立と共生を促すように設計されているのです。
このような仕組みは、現在の日本においても注目されています。少子高齢化や孤育て、格差の拡大といった課題に直面する中で、「制度」以上に「人と人をつなぐ専門性」がますます求められているからです。
保育・教育・福祉分野で求められる新しい専門性
従来の日本の制度では、「保育士」「教員」「福祉職」はそれぞれの領域に分断され、互いに十分な連携が取れていないケースも多くあります。しかし現代の課題は複雑で重層化しており、子どもや家庭の困りごとは一つの専門職だけでは対応しきれない状況が増えています。
こうした現実に対して、デンマーク型のアプローチが示すのは「横断的なケアの専門家」の存在です。保育も教育も福祉も、“人を支える”という点では共通の土台があり、そのすべてを理解し、つなぎ、調整できる人材こそが、今後の社会に必要不可欠な存在になるでしょう。
「フィーノリッケペダゴー資格認定講座」の紹介と学べる内容
こうした北欧型の福祉人材像にヒントを得て、日本でもその思想と実践を学ぶ動きが始まっています。そのひとつが、「フィーノリッケペダゴー資格認定講座」です。
この講座では、デンマークをはじめとする北欧の福祉・教育制度の哲学や実践をベースに、次のような力を養成します:
- 子どもや家族と信頼関係を築くコミュニケーション技法
- 保育・教育・福祉を横断的に理解するリテラシー
- 「支援する/される」ではなく「共に育つ」関係性のあり方
- 自分自身の感情・価値観を言語化し、他者と対話する力
理論だけでなく事例やロールプレイを通じて、「実際の現場でどう動くか」を具体的に身につけられる構成になっています。
「フィーノリッケペダゴー資格認定講座」は、デンマークの教育専門職「ペダゴー(Pædagog)」の理念と実践を基に、日本の保育・教育現場に適応した民間資格プログラムです。
この講座は、子どもの社会性や感情理解を育むための対話的・実践的なスキルを習得することを目的としています。
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